「死屍を喰う虫」(横溝正史)

どちらが優れているとは判断しにくい両作品

「死屍を喰う虫」(横溝正史)
(「横溝正史探偵小説
  コレクション①」)出版芸術社

丘の上に建ち並ぶ三軒の家。
住んでいるのは
山田畑三郎、多賀長兵衛、
そして「私」であった。
ある朝、多賀の
自宅勝手口付近の井戸から
多賀自身の遺体が発見される。
警察は事故死と断定するが、
その後、
多賀の息子が移り住み…。

横溝正史の旧角川文庫版は、
昭和の当時では作品のほぼすべてを
収録した全集的文庫とされていました。
ところが改稿癖のある横溝には、
改稿前の原形作品をはじめとする
未収録作品が、数多くあることが
知られるようになりました。
そうした未収録作品を集めた本が、
近年いくつか登場しましたが、
本書もそうしたものの一つです
(ただし未収録作品だけではない)。

【主要登場人物】
水野(「私」)
…語り手。三軒家の一軒に住む。
灰山
…三軒家の一軒に住む。
 四十過ぎの金持ち。
多賀長兵衛
…初老の男。三軒家に住む。金持ち。
多賀新一郎
…長兵衛の息子。
 長兵衛死後に移り住む。

さて、この作品、どこかで
読んだことがあるような…、と
探してみると、筋書きは
「丘の三軒家」(1925年)と
ほぼ同一です。
で、本作品の発表はというと、
その5年後の1930年なのです。
これまでは角川文庫収録作品の方が
後発の改稿版であり、
近年収録されるものが
原形作品なのですが、
この二作品の場合は
逆になっているのです。
二作品を比較すると、
次のような改稿跡が見られます。

本作品における改稿①
より主人公目線へ

最も大きな変更点は、
冒頭部分に加筆された、
「私」と妻の二人が目的の家まで
辿り着く様子の描写です。
「私」がなぜそのような辺鄙な家に
移り住まなければ
ならなかったかを記し、
筋書きの必然性を高めているのです。
そして「私」目線の描写が増え、
読み手は自然と主人公・「私」に
移入できるようになっているのです。

本作品における改稿②
表題がおどろおどろしく

内容とはあまり繋がりが
感じられないのですが、
表題がおどろおどろしくなりました。
やはり「丘の三軒家」では
緊迫感が不足していると
考えたのでしょうか。
「丘の三軒家」の前後の作品名を見ると、
「画室の犯罪」「キャン・シャック酒場」
「広告人形」と、
いささかおとなしめですが、
本作品の前後は
「幽霊嬢」「喘ぎ泣く死美人」
「殺人暦」など、横溝らしいタイトルが
散見されるようになるのです。

その一方で、「丘の三軒家」に見られた、
後の横溝作品につながるような
「事件の舞台設定の妙」
「影を持った多彩な登場人物」
といった
特徴は、改稿により
大きく後退してしまいました。
結果、原形作品と改稿作品、
どちらが優れているとは判断しにくい
仕上がりとなっているのです。

やはりこれも両方愉しめばいいのです。
現代の私たちは
両方楽しめるのですから、
読まなければ損というものです。
横溝の改稿過程とその思考を
十分に読み取って味わいましょう。

「横溝正史探偵小説コレクション
  ①赤い水泳着」
収録作品一覧
一個のナイフより
悲しき郵便屋
紫の道化師
乗合自動車の客
赤い水泳着
死屍を喰う虫
髑髏鬼
迷路の三人
ある戦死
盲人の手
薔薇王
木馬に乗る令嬢
八百八十番目の護謨の木
二千六百万年

(2021.1.8)

Gerd AltmannによるPixabayからの画像
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